HUNGRY HEART~いつも何かを求めて~

地方在住の50過ぎの中年です。 靴や革製品などの他に、趣味や家族、社会などあらゆることについての自分の思いをだらだらと書き綴っていきたいと思っています。 何かコメントがありましたら遠慮なさらずにどうそ。

休日デート


今日は嫁さんと2人でお出かけ。


場所は


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県立美術館

貧乏県ながら、なかなか立派だと自負している。


お目当ては

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徳川歴代将軍名宝展!


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久能山東照宮に保存されている将軍家ゆかりの重要文化財を見ることができる。


東照宮といえば「日光」が知られているが、久能山には家康の遺命で遺骨が納められている。


だからいろいろとお宝があるのだ。


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家康が人質時代から着けていた甲冑

戦で使った甲冑である。傷だらけで歴史の重みを感じる。



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平和な時代の甲冑は美しくはあるが、面白くない。


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スペイン国王から家康に送られた時計。

著名な国王お抱え時計師によるもので、彼の作品で現存するのはこれを含めて2つしかないとか。



晩年の家康は、今は静岡市と呼ばれている「駿府」で過ごした。

その場所は静岡市「葵区」、やはり将軍家ゆかりの名だ。

久能山も静岡市。


なぜ静岡に遺骨を収めたのか?


それはこの図からわかる。


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17世紀の大名の配置図。


近畿・東海地方から西には外様大名が多い。

徳川家から見れば「野党」で、信頼できない。

特に家康の頃はまだ戦国の気風が残り、野心のある曲者大名(多くは外様)が多かった。

家康は、九州の島津、中国の毛利を特に警戒していたらしい。

その予想は260年後に現実となるのだから、家康の先を見る目はすごいと言わざるを得ない。


もし、九州の島津が攻め上がってきた場合、それを防ぐために置かれたのが、小倉の譜代(すなわち与党)「小笠原氏」。

他にも四国や中国地方の要所に譜代や親藩や幕府直轄領(天領)が置かれているのは、西国の外様の進撃を何重にもわたって防ぐ意図があったのは明らか。

この配置は家康の死後に完成したのだろうが、家康の意図が反映されていたのだと思う。

なぜなら、家康は死後も久能山から西を監視していたのだから。

科学の発展した現代とはちがい、呪いや神懸かりが信じられていた時代では、巨大な力となる。

死してなおその意志を示し続けるとは、凄い男だと思う。


それにしても、家康とは人並みはずれた用心深い男だと思う。

遠い未来さえ用心深く見ている。

A型か?

でも、これだけ用心深い人は友人としては苦手だな。

凄い男だから「好き」とはならないのだ。

「俺は秀吉の方が好きだな」

などと嫁さんに言ったが、

嫁さんは目の前の重要文化財の素晴らしさを堪能していて、歴史のウンチクをぶちかます男の好みなんてどうでもいいのである。

歴史好きは結構孤独。

靴好きと似ている(笑)。

中年夫婦の変なデートだった。

十分楽しめたけどね。


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