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HUNGRY HEART~いつも何かを求めて~

地方在住の50過ぎの中年です。 靴や革製品などの他に、趣味や家族、社会などあらゆることについての自分の思いをだらだらと書き綴っていきたいと思っています。 何かコメントがありましたら遠慮なさらずにどうそ。

首里城焼失に思う


首里城が燃えた。

30年かけて復元したものがたった一夜で灰になった。

首里城には思い入れがある。

3年半前、長男の大学受験に付き添って、初めて沖縄へ行った。

首里城は、受験が終わった後に息子と一緒に行った。

その後、長男は無事に琉球大学に合格し、4年間の沖縄一人暮らしが始まった。

息子の在学中に家族で沖縄へ行こうと考えていたが、結局実現しなかった。

この3月に息子は卒業予定。

私にとっては最初で最後の首里城見学だった。


IMG_2529 (1)

同じ日本の他地域とは明らかに違う佇まいと雰囲気に、琉球王国の文化を肌で感じた。

しかし、この正殿はもうない。

IMG_2530 (1)

玉座も燃えてしまった。




「首里城のほとんどの建物は再建されたやつだからね・・・・・」

「大事なのは(世界遺産の対象は)建物の下の遺構だから、世界遺産から外されることはない・・・・・」

などという言葉が囁かれているが、それは違うと思う。


太平洋戦争時代は日本軍の駐屯地となり、日本で唯一の地上戦の場となり焼失。

戦後の米軍統治下で、首里城跡は埋め尽くされ、その上に建ったのはなんと琉球大学だった。

なぜ首里城を埋めてそこに琉球大学を建てたのか、誰の意図だったのか、調べてみても分からない。

だが、首里城再建は沖縄県民の悲願だったと聞く。

それが分かっていながら埋めたのか?だとしたらあまりにも酷い。

琉球大学が今の地に移転ししてから首里城再建が始まる。

しかし、再建に向けての資料は非常に乏しかった。

昭和初期の正殿改修図面や写真資料(モノクロ)くらいしかなく、城で遊んだことがある古老の記憶などを元にするしかなかった。

屋根瓦については色についてさえ記録がなく、当時を知る老人を集めて話を聞いても赤~黒まで意見がバラバラだったそうだ。

当時、琉球瓦を生産している業者はすでに1軒だけ、その4代目の尽力で瓦が復元された。

建物の朱塗りや装飾、建築様式など、往時にできるだけ近いものを作るため、多くの工芸家や職人が一生懸命に考え、試行錯誤し、努力したのだそうだ。

首里城再建は、多くの人の願いと努力で完成されたのである。

その再建への想いこそが重要なのである。

世界遺産は大丈夫だとか、再建されたものだからねとか、そんなことは小事である。

30年間、強い想いをもって頑張ってきた人々の努力の結晶が今の首里城なのだ。

それが一夜にして廃墟と化した。それが残念でならない。

再建に尽力し今はご高齢になった漆職人さんが、

「再建には50年はかかる・・・」と寂しそうにつぶやいていた。

一方で、「再建されるまで死ねないね!」と強い決意をしていたお年寄りもいた。

知事も「必ず再建する」と言っている。

人間の強さを感じる。



沖縄で4年を過ごした長男は就職も決まり、4月から地元に帰ってくる。

沖縄から離れることになる。

私は55歳だが、再建された首里城を息子と一緒にぜひ見たいと思う(生きてるかな?)。


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3久慶門 (800x600)


1歓会門 (3) (800x600)


こんな風景をぜひもう一度!




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 思うこと

2 Comments

なおけんた  

Re: 残念…。

しんのすけさん

> お疲れ様です。うーん、何て言いますか、あれだけの文化遺産が数時間で消える…。
> ぼくは、5回くらい行った沖縄好きですが、ちょっと信じられませんね。
> この2月に、管理体制が国から県へ移管されていたらしいですね。これから、管理体制も問われるでしょう。
> 守礼門は、残ってるとおもいますが、他国の人をもてなすカルチャーが沖縄ならではですよね。
> いやいや、何ともいえない気持ちです。ではでは、失礼します。

しんのすけさんのコメントでふと思ったんですけど、沖縄って修学旅行の生徒も来ますよね。
秋冬が修学旅行のシーズンだと思いますが、火事の次の日が首里城見学という学校もあったかもしれませんね。
これから沖縄に行く修学旅行生も計画変えるのは大変でしょうから、かわいそうですね。
周辺のお土産物屋さんや宿泊施設なども・・・。経済的マイナス効果が大きすぎると思います。

2019/11/02 (Sat) 17:23 | REPLY |   

しんのすけ  

残念…。

なおけんたさん

お疲れ様です。うーん、何て言いますか、あれだけの文化遺産が数時間で消える…。
ぼくは、5回くらい行った沖縄好きですが、ちょっと信じられませんね。

この2月に、管理体制が国から県へ移管されていたらしいですね。これから、管理体制も問われるでしょう。

守礼門は、残ってるとおもいますが、他国の人をもてなすカルチャーが沖縄ならではですよね。

いやいや、何ともいえない気持ちです。ではでは、失礼します。

2019/11/02 (Sat) 14:59 | REPLY |   

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